「麻酔から醒めないことはありませんか?」
麻酔科であれば、一度はこの質問を受けたことがあると思います。
この質問になんと返答していますか?
現在の私自身の回答
それは、にっこり微笑み
「麻酔のお薬はすぐ切れるから大丈夫ですよ。」
です。
そして、そのあとに何かモヤっとするのを感じています。
なぜなら、この回答は嘘でありませんが、不親切な広い意味で詳しいリスクの説明をすることを避けた回答だと思うからです。
なぜなら、この回答は嘘でありませんが、不親切な広い意味で詳しいリスクの説明をすることを避けた回答だと思うからです。
麻酔科医の説明の視点
私たち麻酔科医は、術前説明において上記の様に質問された時に、勝手に
「(麻酔薬の作用のせいで)麻酔から醒めないことはないですか」
という質問と解釈して答えているのではないでしょうか。
この解釈であれば、今現場で使われている全身麻酔薬(特に麻酔科医が管理するもの)は作用時間が短いため、患者が醒めないというふうなことで困ることはほとんどありません。
事実、学会などで覚醒遅延がトピックスになることはほとんどなく、話題となるのは、もっぱら眠っているように見えて、音などが聞こえたりしている「術中覚醒」です。(もちろんこれもかなり稀です。)
ですから、
「麻酔の薬はすぐ切れるので、(麻酔薬の作用のせいで)麻酔から醒めないことはないですよ。」
はある意味で間違いではありません。
患者の質問意図とのずれ
しかし、ここで患者さんとの認識の差が生まれています。
患者さんにしてみれば、「麻酔から醒める」は「手術から無事帰ってきて家族の顔を見て微笑むことができる。」です。
ですから、「麻酔薬の作用のせいで」意識がもどらない可能性だけを聞いているのではなく、「あらゆる理由で」意識がもどらない可能性を聞いているのです。
そして、この「あらゆる理由で」意識が戻らない可能性について正直に答えるならば、
「ないとはいえない」
というのが正しい回答なのではないかと思います。
麻酔後意識が戻らない、戻せない原因
発症率等は正書に譲りますが、考えられる原因としては
- 術中の脳卒中、心血管イベント
- 挿管、換気困難、喘息重積発作などによる低酸素脳症
- 循環動態不安定などで抜管困難
などがあると思います。このような事態がおこった時、必ずしも麻酔のせいか?といわれると麻酔科医としては反論がありますが、患者さんからしてみれば、
麻酔科の先生が大丈夫と言ったのに、麻酔したあと意識がもどらなかった。
となるのはある意味では自然ではないかと思います。
このことについてじっくり考えるようになったきっかけは、渡辺淳一の「麻酔」でした。麻酔に関わる全ての人にお勧めしたい本です。
しかし、これらのリスクについて並べ立てれば麻酔なんて怖くて受けられないだろうし、しっかり説明しようと思えば少なくとも一人に対し術前診察が30分くらいかかるのではないかと思います。(そんな時間を術前診察に要しては手術を半分にするか、麻酔科医を2倍にする必要が有ります。)
結局は、口では「大丈夫ですよ。」といいながら、リスクを並べた同意書にサインをさせている自分自身に辟易としながら、「麻酔から醒めない」患者を出さないことを祈りながら麻酔に酷使される日々です。