局所麻酔薬のキシロカインを誤って静脈注射した時に役立つ知識

もし局所麻酔薬を静注してしまったら

ナース:「先生!局所麻酔薬のキシロカインを誤って静注してしまいました!」

研修医:「な!なんだって!?だめじゃないか!」

ナース:「すみません。でも、患者さんはいたって元気です。痛みも落ち着いたみたい」

研修医:「え?そうなの?そういえば、キシロカインは抗不整脈薬のリドカインと同じ成分だったような。てことは、静注してもよいのか??」(困惑)

ナース:(しっかりしてくれよ。)

キシロカインの一般名はリドカイン

局所麻酔薬であるキシロカインの一般名は「リドカイン」です。リドカインには、「局所麻酔剤キシロカイン注射液」の他に、「リドカイン静注用2%」製剤があります。

リドカイン静注用2%」は抗不整脈薬として静脈内投与が添付文書にも用法として書かれています。

一般名が同じですから、薬剤としては同じものでが、「局所麻酔剤キシロカイン注射液」の添付文書には静脈内投与の適応はありません。

局所麻酔薬と静注剤は何が違うのか

では、同じものなのになぜ用法と投与経路が違うのでしょうか?

これには、局所麻酔薬製剤の歴史を振り返る必要があります。

もともと局所麻酔薬は大きなガラス瓶に入ったバイアル製剤でした。

キシロカイン1% 100mlバイアル製剤

キシロカイン1% 100mlバイアル製剤

キシロカイン1% 100mlバイアル製剤

ここから注射器で必要分を吸い取って使用していました。しかし、そこで問題となってくるのは開封後に長期保存しなくてはならないということです。

そこで、このような製剤にはメチルパラベンなどの防腐剤が入っています。

一方、静注製剤はもともと5mlのアンプル製剤ですので防腐剤は入っていません。それが、この二つの製剤の違いになります。 

なぜ防腐剤は静注してはいけないか

防腐剤に使われているメチルパラベンによるアレルギーは、キシロカイン自体によるアレルギーよりかなり頻度が高いと言われています。

アナフィラキシーショックの可能性を減らすためにも静脈に直接入れるものは特に、アレルギーの可能性をできる限り排除したいですよね。

局所麻酔剤に「ポリアンプ製剤」が登場

2001年に局所麻酔剤キシロカインにポリアンプ製剤が発売されました。

A001EEFB-ED36-4FD4-A968-532BFBFF2D860BA74633-8162-4CBE-8D8E-3802DFA34F0C22A09A86-EFE6-4492-8350-F038DB064855

ポリンアンプというのは、ポリエチレン製の使い切りのアンプルでその特徴は

  • 注射針を装着せずに注射筒と直結できるため、薬液の吸引時に注射針の必要が無く、簡便で針刺し事故の危険性がありません。
  • ポリエチレン製のアンプルなので、ガラスの製剤に比べ破損しにくく、取り扱いが容易です。
  • ガラスアンプルと異なり、アンプルカット時に手にけがをする心配や、飛散したガラス片がアンプル内に混入する恐れもありません。
  • 保存剤を含有しない単回使用アンプルのため、保存剤によるアレルギーの心配がありません。

アストラゼネカHPより引用

ちなみに、キシロカイン注射液0.5%・同1%・同2%の20mlは2002年3月で製造中止となっています。

ポリアンプ製剤は静注しても問題ない

ですから、問題は”局所麻酔剤かどうか”ではなくて、分割使用を前提としたバイアル製剤か、単回使用を前提としたポリアンプ製剤かでした。

結論としては、単回使用を前提とした防腐剤なしの製剤は静脈内に投与しても問題ないということになります。

静脈内投与はペイン領域でも使われる

冒頭でもナースが言っていましたが、キシロカインを静脈内投与する方法は、抗不整脈薬としてだけでなく、ペイン領域で鎮痛方法として有用です。

通常は、生理食塩水にキシロカインを混注して緩徐に点滴静注します。

例: 生理食塩水100ml+キシロカイン2% 5ml div

*添付文書上の用法にない使用方法です。

【危険!】血中濃度上昇で局所麻酔薬中毒に

もちろん、投与量によっては血中濃度が高くなり局所麻酔薬中毒になるので、静脈内に投与する際には注意が必要です。

局所麻酔剤のキシロカイン製剤のまとめ

キシロカイン製剤にはアドレナリン添加や濃度等様々な製剤がありますので最後にまとめておきます。

局所麻酔剤 0,5% 1% 2%
ポリアンプル製剤

5ml or 10ml/包

防腐剤なし

A001EEFB-ED36-4FD4-A968-532BFBFF2D86

0BA74633-8162-4CBE-8D8E-3802DFA34F0C 22A09A86-EFE6-4492-8350-F038DB064855
バイアル製剤

100ml/V

(20mlは販売終了)

防腐剤あり

5217E62C-4D80-46C8-A1B6-F72B1B0D7C8D 7AE62BBC-2234-4631-BFDB-9EBF30C26E90 6C1AACEF-21FA-4EEB-96C5-1C0027BDE0EB
バイアル製剤エピネフリン添加製剤

20ml/V

*1%のみ100ml/Vもあり

防腐剤あり

12CE5A89-8A44-49EB-82EA-7382705E69E5
6C608D8A-1C0B-46E0-804E-76BB0820B768
7DE61B2F-E765-467E-8BED-5EDC8155BF1F 

 

3 COMMENTS

伊藤寿章

初めまして 宜しくお願い申し上げます。

昭和55年卒のもと外科医で、今は一般内科を担当している医師です。

今日午前中のエピソードです。患者は72歳女性です。1%キシロカイン5ml(ポリアンプ)を左肩峰下滑液包内に逆流確認して注入して、数分後に耳が聞こえにくいから始まり、呼吸苦、意識混濁、全身痙攣が起こっています。発症から約40分後に高位救急病院到着時に全身痙攣が止まり、事なきを得て帰宅されました。この方には、過去に何度もトリガーポイント注射、肩峰下滑液包内注入しています。

血圧は低下せず、蕁麻疹なく、呼吸抑制、喘息、発汗、頻脈、徐脈もありませんでしたが、意識レベルの低下、前胸部不快、不安症状の増悪そしてそれに続く30分ほどの全身(上半身優位)の振戦から痙攣です。

防腐剤のないポリアンプは問題ないとありますが、血管内流入からのキシロカイン中毒と思われますが、どうでしょうか?

医師37年目で研究なく、臨床だけしてきましたが、キシロカインのこの現象は初めてです。外科医ですので、キシロカインは頻繁に使用してきましたし、今も使います。
見解を伺いたく存じます。

私は、おそらくですが、肩の血管から頸静脈を経て、脳内に侵入した濃度の高いキシロカインによる中枢神経抑制症状が主体ではと思っています。

返信する
ますいーい

コメントありがとうございます。また、お急ぎのコメントだった場合、返信が遅れてしまったこと、大変申し訳ありあませんでした。

お話の症状からすると、典型的な局所麻酔薬中毒と思われます。局所麻酔薬使用時の急変についてはアレルギー、中毒の二つの診断で瞬時の判断がつきにくく迷いやすいかと思います。
しかし、アレルギーではご指摘の通り、たとえ少量使用でも、皮疹(出ない場合も多いようですが)、血圧低下、喘息様症状などが出現すること、また、再現性がある(裏を返せば基本的には過去に大丈夫だったくすりなら起きない)という特徴があります。
それに対し、中毒は、血中濃度レベルにより症状が出現してきます。低濃度の症状から耳鳴りや口の痺れ、視覚異常、四肢の振戦、全身けいれん、呼吸停止、循環虚脱の症状が現れると言われています。また、症状は血中濃度によるものですので、その局所麻酔薬が代謝されることで症状は自然に軽快します。
おそらく、今回の場合ですと痙攣に達する血中濃度になり、その後時間を経て血中濃度が下がり改善したものと思われます。
1%キシロカイン5mlですと極量にも満たない少ない量であり、通常血管内に直接投与しても問題ないレベルではあるかと思いますが、ご指摘の通り、けいれんは脳内濃度によって起こると思われますので、肩の静脈から直接脳へ達したことで思わぬ高い濃度で中枢神経に到達したことによって少量投与でけいれんが起きた可能性は十分に考えられると思います。

ちなみに、そのような事態があったときの対処法としましては、すぐに気道確保し、ベンゾジアゼピン系の薬剤で痙攣を止める、そして血中濃度が下がるのを待つ方法が有用とおもわれます。(血中濃度はたしか生化の採血管に血液を取って計測できると思います。)血中濃度を下げるために、脂肪乳剤による治療も推奨されています。アナペイン、ポプスカインなどは効果時間が長い分このようなことが起こった場合に、重篤な結果となり得るのでより注意が必要と考えます。

キシロカインなどの局所麻酔薬は、本当に日常臨床でよく使う薬ですので、このような事例があることはとても示唆に富んでいると思います。貴重な症例を提示していただきありがとうございました。

返信する
伊藤寿章

誠に、誠にお返事遅れまして、大変申し訳ありませんでした。

お返事がないものかと思い、その後に貴サイトから返信メールの確認していませんでした。尚、メールで受け取るにチェックしていない事を今確認しました。

先ほど、私個人名をグーグルで検索したところ、このサイトに再びたどりつきました。

的確なご回答を頂き、大変よく理解出来ました。やっぱりそうかと再認識出来ました。

生憎、小さな診療所でボスミンと酸素吸入ぐらいしか備えていません。

もちろんセルシンはなく、気管挿管も出来ません。

相当昔になりますが、麻酔標榜医を取得しています。

下額沈下していないかを確認しながら、大声をかけたり、頬を叩いたりしながら意識レベルの低下に抵抗しながら、救急車到着を待ちました。
痙攣は救急車到着前からで軽い振戦の様に始まり、徐々に大きく振るえて持続しました。救急車内でセルシン、ホリゾンを求めてもなく、意識が保たれているか、呼吸抑制がないか確認しながら救急医療機関に着くまで見守っていました。もちろん、痙攣、意識混濁からSPO2は低い傾向で酸素マスクを8L/mとしていました。

この度は、大変肝を冷やしました。それからは、麻酔剤投与に慎重になりました。

この度は、お返事遅れました事を再度陳謝しますとともに、貴重なアドバイスに感謝致します。有難うございました。

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!