「失楽園」や、「愛の流刑地」などの激しい愛を綴った恋愛小説で有名な渡辺淳一氏は、実は札幌医大出身の整形外科医師で、38歳まで大学病院に勤務して第一線で働いていた。だから医学に関連した著書も数多くあり、中には小説と断りながらもかなり現実の医療現場を反映した作品もある。
大学病院での日本で初めての心臓移植について書き、
渡辺氏自身が大学病院を追われ筆で生きるきっかけとなった
「白の宴」
青年が、離島の医師に出会い無免許のまま医療行為を学んでいく中で歯車が狂っていく
「雲の階段」
そして、麻酔事故で妻を亡くした夫と、その家族を描いた
「麻酔」
先日、その「麻酔」を読んだ。
たった1時間で終わるはずの手術。
帰ってこない妻を不安の中でまつ家族。
突然の仰々しい説明と、医師間の空気の違和感。
宙に浮いたトクイタイシツという言葉。
治療に振り回され、回復への希望の名の下になす術のない家族。
親切な医師の対応のへの疑念。
そして、植物状態という沈黙。
謝罪と慰謝料への葛藤。
枯れていく妻の変化への焦燥。
生かし続けることのエゴの自覚。
そして
全てが終わって語られたこととは。
「麻酔医は 、麻酔をかけている患者の側から離れてはいけない 。それは麻酔医のイロハで誰でも知っている初歩のことです 。それを忘れていました 。いや 、忘れていたわけではない 。そんなことはよく知っていたのです 。でも一度も事故がおこらなかったので安心しきって … … 」野中医師はそこで自嘲するように 、かすかに笑った 。
「要するに 、慣れすぎていたのです 」
その言葉にゾッとした。
自分は、どうなのだ。自分は。
初心を忘れかけた時に噛み締めたい一冊だ。