エホバの証人。
彼らの信条は、他人の血はたとえ死を目の前にしてももらうまい。というものらしい。
その信条ゆえにたくさんの病院に断られつづけた。
「もしも。のことがありますので」と。
そんなひとが私の勤務する病院へやってきた。
手術の内容は
心臓手術。
人の信仰にとやかく言うつもりは毛頭ないがこれは医療者からとったらかなりつらい状態だ。
鼠径ヘルニアの手術とはわけがちがうのだ。
「輸血できないための死」
が脅しではなくありうる。
逆に言うと
「輸血したら助かる」
がある。
これは医者にとっては
「どうしてもたすけられない」
より恐ろしい。
エホバの証人は、聖書の言葉を根拠に輸血を拒否している宗教団体です。
その輸血に関わる教えはとても厳しいようで、「輸血されることは強姦されるに等しい」と教えられているのだそうです。
過去の有名な事件には1985年の「大ちゃん事件」があります。
この事件は親の信仰による子供の殉死という点でセンセーショナルで大きく報道されました。
医療者にとって、警戒心を強くしたのは2000年に出た最高裁の判決で、エホバの証人に対して同意を得ずに輸血を行った医師が有罪となったものです。
同意を取らずに輸血という誹りはあるとしても、救命目的に行った行為が有罪となった事実は、医療サイドには強い影響を与え、現在は輸血同意を拒否する場合、輸血の可能性が低い手術でも手術を断る病院も多いのが現状です。
「輸血」と一言でいってもその種類は多様です。
協会として完全に禁止しているのは、
全血や濃厚赤血球の輸血、貯血式自己血輸血です。
協会として許容していて、個人の判断でエホバの証人が受け入れる可能性があるものとしては、
血液分画から作った製剤(アルブミン、グロブリンなど)、セルセーバー回収血、人工心肺、透析、希釈式自己血輸血などです。
ざっくりいうと、
血液型がついていない、流れが止まっていない血ならよい。
ということらしい。
な?!
理解しがたい信条である。なぜ、
事前に貯めた自分の血はだめで、他人の血液製剤はよいのか???
ただし、ポジティブにとらえれば気軽に輸血を考えがちな麻酔科医にとって輸血に向き合うよい機会であると思います。
どんな治療もそうですが、輸血にも功罪があります。
輸血の副作用には、
溶血性副作用 hemolytic transfusion reaction(HTR)
発熱
アレルギー
TRALI(Transfusion-related acute lung injury:輸血関連急性肺障害
TACO(Transfusion associated circulatory overload:輸血関連循環過負荷)
輸血後GVHD
輸血後鉄過剰症
高カリウム血症
感染
などがあります。確率は少ないけれど、副作用によって死に至る可能性もあります。
詳しくはこちら
前置きが長くなりましたが、
今回取り上げたかったのは、
貯血式自己血輸血と、希釈式自己血輸血のどちらがいいかってはなしです。
貯血式というのは、手術の1週間程度前から自分の血液を抜いて貯めておき、術中に輸血する方法。これはエホバの証人NGな方法。
希釈式というのは、手術で全身麻酔下に膠質輸液などを輸液しながら血液を抜いて貯め、それを手術中に輸血する方法です。こちらはエホバの証人に受け入れられる可能性がありな方法です。
2014 Saudi journal of Anesthesia
PMID: 25191183
開心術を受ける70人の患者で貯血と希釈を2群に分け、術前術後の血液データや血行動態を調査した研究で、
結果は、希釈に比較して貯血が血液データの変動も、血行動態の変化も少なく行えるという結果でした。
まあ、鉄剤とか飲みながらゆっくり採血したほうが負担少ないのはなんとなく想像がつきますが。
希釈式自己血輸血の有用性は2015 Anesth Analg で示されています。
PMID: 26465929
これは63の研究3819人の患者でのメタ解析で、希釈式自己血輸血は他人からの輸血量を減らすと報告されています。輸血量よりは、他人の血液を使用しない手術の割合の方が大切ではと思ったりするのですが。
心臓手術など、輸血の可能性が高い待機手術では
可能なら貯血式自己血輸血をする。
なんらかの理由で不可なら希釈式自己血輸血も考慮して、他人の輸血をする症例を減らす努力をする必要があるのではないでしょうか。
参考文献: