デブ、肥満、豊満なボディ、ぽっちゃり。
最近は、肥満な芸能人の活躍もあってか、肥満に対する世間の目がおおらかになってきたように思います。
もちろん、身体の特徴は個性です。他人がとやかくいう資格はありません。
しかし、今も昔も肥満は麻酔科医の宿敵です。
これは、決して差別ではありません。リスクです。
平等を重んじる平和主義の有権者の皆さんからの批判を恐れずお伝えしたいのは、
「みんなと違って、デブは死ぬ(リスクが高い)」ということです。
*ここでお話ししますの内容は、BMI>35の重度の肥満を想定しています。
合併症のデパート
肥満による合併症は、挙げ始めると枚挙に遑がありません。高血圧、糖尿病、血管イベントのリスク上昇(脳卒中、心筋梗塞など)などどれも麻酔管理を困難にするものばかりです。
引用:肥満と麻酔
薬の量がややこしい
通常患者に麻酔薬、鎮痛薬の投与量は、薬力学的なパラメーターから計算され体重あたりの量で目安が作られています。ところが、肥満患者ではそれがうまくいきません。実体重で投与すると過量になってしまい、身長から換算した理想体重だと過少になってしまうのです。
刺しものがヤバ難しい
末梢ルートは見えない、
動脈穿刺は触診できない、
硬膜外麻酔、脊髄くも膜下麻酔は深すぎる、
中心ルートは首にスペースがなくて刺しにくい、
など、どの手技もかなり難易度が上がります。
まあ、器用で優秀な麻酔科医の方々は意に介さないことかもしれませんが。。
重い
手術中は体を自分で動かすことができないので、褥瘡や圧迫による末梢神経障害のリスクがありますが、肥満によってそのリスクは激増します。
術後の尺骨神経障害のリスクは肥満患者で30倍になるという報告もあるようです。
また、手術の前後は何度も患者さんのベッド移動の必要があるので医療者にとっても大変です。(麻酔科は頭しか持たないので別にいいんですが。。)
最後に、麻酔科が最も恐れること
今まで述べてきたことは、リスクであることは確かですが、まあ注意したり準備すればそんなに大きな問題にならないです。それ以上に現場の麻酔科医が恐れていること。それは、、
低酸素リスクの高さです。
肥満が低酸素リスクとなる理由としては、
- 肥満により呼吸機能の機能的残気量が少ないため、十分に酸素化したとしても低酸素になるまでの時間的猶予が少ない。
- 胸郭が重く、気道確保が困難でマスク換気困難のリスクが高い
- 開口が困難であったり首の可動域が少なかったりするために挿管困難のリスクが高い
といったことが挙げられます。
これはつまり麻酔をかけて、呼吸を停止したもののマスク換気、挿管が難しくて手間取っているうちにあっという間に低酸素血症になり、
低酸素脳症、死亡に至る可能性がある
ということです。
下に、純酸素で酸素化下のちに酸素飽和度が90%以下になるまでの時間とBMIの管ん系を示したグラフを示します。
これを見ると、通常の体格なら5分以上換気しなくても低酸素にならないのに対して、肥満では2分ほどで低酸素になる可能性があります。
他の研究でも、肥満患者で酸素飽和度の下がる時間が早いことが示されています。
安全だが苦しい意識下挿管
このようなことを避けるために、麻酔科としてはいろいろな麻酔方法やデバイスを使って低酸素を予防するわけですが、最も安全な方法とされている方法の一つとして
麻酔で眠って呼吸を止める前に挿管をする「意識下挿管」があります。
これは、患者の自発呼吸を止めないで(適度な鎮静をすることはある)、挿管する方法で、メリットとしては
- マスク換気の必要がない(自分で呼吸してもらえるので)
- 挿管が難しかったら後戻りできる(自分で呼吸してもらえるので)
これで、低酸素血症のリスクを回避することはできますが、正直
かなり苦しいです。
想像に難くないと思いますが、起きたままのどにチューブをいれられるので、えずくし、むせるし、苦しいし本当にやる方もやられる方も嫌な手技です。
注)【意識下挿管】:俗称【ごめんね挿管】
肥満の方々にとっては、かなり脅しに近い記事になってしまいました。
私たち麻酔科医もそれに十分に対応できるよう準備をしていかなくてはなりませんが、肥満自体がどれだけ麻酔の上でのリスクになるのか知っていただき、正常体重化への動機付けとなれば嬉しいです。