今日もまたマニアックな話です。
硬膜外麻酔は、椎間に針を穿刺して硬膜外腔という脊髄液がはいっている空間に隣り合った空間にチューブを留置しする手技で、そこに局所麻酔薬を注入することでその薬がとどく範囲の脊髄神経レベルの疼痛を軽減するものです。
この穿刺手技は麻酔科ならではの手技でかなり慎重におこなわれます。
それは、硬膜外腔のとなりにはすぐに脊髄くも膜下腔があって針が一歩深くはいると髄液がもれて、激しい頭痛が高確率で出るためです。
硬膜外腔であることを確かめるためにはいくつか方法があるのですが、最も多く使われるのが抵抗消失法で、これは硬膜外腔が軽い陰圧であることを利用した方法です。
具体的にはシリンジに空気か水を吸っておいて、針をすこしずつ深くしながらシリンジを軽く押します。脂肪や靭帯の層では基本的に空気や水は軽く押しただけでは入っていかないのですが、硬膜外腔に達するとすっと入ります。
このとき、シリンジの中を空気にするか水にするかは好みです。
air派のA先生と生食派のS先生がdiscussionをしています。
A先生「空気は弾力があるのでシリンジを押したときに硬膜外より手前では若干押し戻される感覚があり、硬膜外腔へはいった時に「ぬける」感覚がわかりやすいです。」
S先生「たしかにそうかもしれませんが、万が一硬膜穿刺してしまった時に「気脳症」を起こす可能性があるので危険ではないですか?」
「気脳症」
頭蓋内にairが入ることで、手術や外傷でも起こります。
airが溜まる場所によっては激しい頭痛をきたします。
硬膜穿刺になってしまった後におきる硬膜穿刺後頭痛(PDPH)よりも急性に出現するのが特徴です。
症例報告レベルのまれな合併症ではありますが、3ml程度のごく少量のairでも起きることがあるようです。
*ちなみに硬膜外腔は頭蓋内に連続していないのでairを注入しても気脳症の原因にはなりません。
A先生「ちょっと気になって調べてみたのですが、硬膜下腔穿刺になってしまった時は、硬膜下腔も陰圧なので生理食塩水で抵抗消失法をしていても気脳症を起こす可能性があるようですよ」
ちょっとまった!
さらっといいましたが、硬膜下腔てなんだ??
通常硬膜とくも膜はそれぞれ独立した膜ですが、ほとんどくっついています。なので硬膜穿刺≒くも膜穿刺です。
しかし、まれにこの硬膜の下でくも膜の上というマイナーな空間に到達することがあります。この空間は水分はなく、すこし陰圧なので生理食塩水で抵抗消失法をしていたとしてもシリンジ付け替え時などにairが吸引される可能性があります。しかも、髄液が出てくるわけではないので穿刺者は気づきにくいです。
B先生「そうなのですか?!それは知らなかったなぁ。それでも硬膜下腔穿刺自体がまれなものだと思いますが。」
A先生「確かに稀ではありますね。でも、抵抗消失がわかりにくい生食で硬膜穿刺が増えては本末転倒だと思いませんか?」
B先生「A先生、それは慣れの問題はあるかもしれませんが抵抗消失法の違いで硬膜穿刺率には差がないようですよ」
A先生「そうですか。結局は慣れた方法で慎重に行うしかないのでしょうかね」
S先生「そうですね。まれな合併症も十分に把握しておく必要はありますよね。」
おしまい!